2007年11月26日

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moon2q.jpg 私はモノレールが来るのを待っている。簡単な作りの、鉄板と鉄骨で組み上げられた高架のホームにいる。そこには数人の男がぼんやりと立っていたり、欄干にもたれて、鬱陶しいビル街を眺めている。
 しばらくすると二両編成のモノレールが到着した。このホームは終点だった。だから我々はのんびりとした調子で、ぞろぞろと乗り込んでいった。しかし私はこの乗り物に乗るかどうかをここまで来ていながらいまだに躊躇しているのだった。乗ってしまったならば目的地は行った事も見たこともない所なのだから、たぶん「下界」を歩き回りたくなるに違いない。そうなると戻れなくなる可能性がある。
 これに乗ることは目的地をすでに歩きだすことと同様の決心が要った。私は私の分身をレール上に残して、ついにモノレールに乗ることに決めた。これは苦肉の策だった。なぜなら私は本当にはこの乗り物に乗ってなどいないのだから。
 私の抜け殻は私のいる車両の中からその鋼鉄の床や車体を通り抜けて、斜め下方にゆっくりと降りていった。やがて車体の真後ろのコンクリートの上に「私」が仰向けに横たわるのが見えた。
 乗客はあれこれと様々な愚痴を言い合っていた。雑多な連中はそれでももっともな憤慢の理由をもっていて、世代もその性質も総称出来るような集団には見えなかったが、「だから地獄に行くのだ!」という結論においては一致していた。
 私はコンクリートのレール上に横たわる「私」にしばらくの別れを告げる一瞥を投げた。斜め下方に見える「私」は頭を向こうにして横たわり、眠っているかのように見えた。私は車体の最後方の窓に体をすり寄せるようにして外を観察していたが、ふと気が付くと乗客の中には子供の頃に知った懐かしい顔がいくつかあった。
 この路線は必要以上に蛇行している。おそらく劇的効果を狙っているのに違いない。やがて大きなカーブを描くとやや下降して行き、はや目的地の圏内に入っている事が下方の眺めから知れた。
 窓の下に拡がる世界は、小さな区切りを果てもなく仕切った広大な迷路といったところだった。細部は子供だましの作り物であって、「恐怖の館」といったような遊園地風の色彩に塗りたくられていた。よく見ると人々はほとんど裸でいた。あちこちには鬼や悪魔がいて、何やら義務的な、職業的無意識に従った手慣れた動作で彼らを鞭打っている威張った様子が見えていた。
 周囲にあるものも全て作り物くさく、リアルである必要など何処にも無いではないかと言いたげであった。このような世界を隈なく見せるために、モノレールはその上を巡回し、地上すれすれに接近してみせたり、スピードを上げて急なカーブを曲がったりした。つまりこれはやがて来る終点までに、下界に降りるかどうかを乗客に考えさせる猶予を与える目的でレールが設置されているようだった。
 下の世界に入れば食っていく上での心配は無い。この「遊園地のような地獄」は国の公共事業の一端であるからだ。鞭打っている鬼は徹底的にそこの住民を脅しはするが、決して殺したりしない事を彼らは知っている。毎日一定時間の懲らしめが終われば彼らは苦しむという義務から開放され、鬼や悪魔の役をうんざりしながら演じていた公務員達もその職務から開放される。全てはとどこおりなくだらだらと続けられ、たまに野戦跡のような崩れた壁の影で、苦しむことをさぼっている亡者が、つまらない噂話や愚痴を言いあい、何処の地区が最も厳しいかなどといった情報を交換している様子が見えるのだった。
 彼らは結局のところ栄養のバランスを整えて注意深く作られた食事を与えられ、また十分な苦しみには十分な報酬が与えられている。しかも本人の希望やしかるべき審査によって彼ら鬼と亡者の役割はいとも簡単に交替されていた。私はこれらの馬鹿げた張り子の岩や、絵の具の血に染まった拷問台やらの散乱するコロニーを見ながら、生活の心配が消え去るというありがたい保証があったとしても終点で降りるのはよそうと思った。あまりにもばかげた世界だと思ったからだ。
 やがてまったく同じ作りのホームに到着すると乗客はぞろぞろと降りてゆき、辺りには誰一人居なくなってしまった。そしてモノレールは運転手を交代して折り返し運転を始めるために物音ひとつたてずに放って置かれた。私は遙かに見えなくなってしまった出発点のレール上で、「私」が帰りを待っているに違いない事を思い出しながら、ただ一人そのまま乗っていた。
 
 気が付くと私は相も変わらずベッドの上に置き去りにされていた。そして「私」はすぐに夢の中から帰って来た。
 ― 地獄の遊園地とは恐れ入ったな。― 私はベッドの上で笑っていた。あまりにそれと分かる単純な象徴に満たされ、何とも稚拙な世界観が見え隠れしていると感じたからだ。しかし「地獄」が社会福祉の一端であるというのは何とも可笑しい話だ。そしてその後、この夢の細部を思い出してはその滑稽さに呆れるのだった。
 起きてみるともう日が沈む頃だった。あと二三日夜ふかしすれば私は夜ばかりの世界に入ってしまう。夜の紺色の空が窓硝子を染め始めると、夜通し起きて本を読み、テレビにうんざりし、酔っ払いのたむろする真夜中の街をぶらぶらと散歩する。街路の水銀灯に照らされた人気の無い遊歩道や、思い出したように車が走りぬける沼のようなアスファルトが、水族館の水槽の底のように浮かび上がる。私はさしずめ深海魚のていで徘徊する。
 そうしているうちにやがて朝焼けを見ることになる。闇に沈んでいた街の家々を、街角のあらゆる路地という路地を、小さな公園や街路樹を包む空気が次第に透明度を増してくる。やがてそれらは一瞬、透明な明るい青に包まれる。それが過ぎると街は一転して惨めな醜態をさらけ出す。朝焼けをわずかに残した白々とした空が街中の汚物を残さずあばき出す。私はそのまま歩き続け、起きていようかどうか考える。静かな煩わしさのない夜をいくら好んでいたとしても、夜通し起きていたところでつまらないのだ。そんな頃には図書館も本屋も、気まぐれに行ってみたくなる店も画廊も、グレイのシャッターをおろして、ただの壁になっている。急に思い付いて訪ねたくなる友人もすでに眠りについている。どんな夢を見ているのだろう?
 
 もう一ヶ月近くも私は人と言葉をかわしていないことに今日気付いた。近くのコンビニエンスストアで買い物をする時ですら一言も必要がない。とりあえず入用なものはすべて奇麗に包装され、整然と並べられ、私がつまみ上げるのをただ待っている。そして黙して金をやり取りする。街では人々がおし黙って秩序正しく右往左往している。人々が言葉を発しないのを見るのは本当に気味の悪いものだ。
 
 久しぶりに人と話をして見ようと思い立った。彼はたぶん部屋に居て、拍手を送りたくなるほどの下手糞な油彩画を部屋に並べ、相変わらず焼酎などを呑んでいることだろう。
 迷路のような路地をぬけ、近道をしてアパートの二階へあがると彼の部屋のドアは大きく開け放たれていた。千客万来というところか。大小のキャンバスがそこここに立てかけられ、油絵の具は木箱から溢れ出て、しわくちゃにされたチューブが鉛色に光っている。やたらにビール瓶が転がって、立てられた十数本の瓶は茶色の群れを成している。これら全てが狭い畳の上に展開しており、彼はその隙間を利用して一人座っていた。彼は焼酎をすすめ、私も飲む。窓はこの暑さにごうをにやしてか、スライドする窓枠全体を外してしまい、つまり窓の大きさそのものが全開になっている。こうまですると雑木林とガラクタで手の付けられなくなった中庭からのいくぶんか涼しい風が部屋を通るのだった。
 絵を描く者同志が集まってもまず何も始まりもしなければ騒ぎも起こらない。惨憺たる無言の行が始まってしまうのが通例だ。彼のそばには自分の愛しているビール瓶を描いた作品が何枚も立てかけてある。それはエメラルドグリーンにジンクホワイトを混ぜ込んで塗り伸ばすという乱暴な代物で、私にはこんな大胆なことはとても出来そうもない。というのも化学変化を起こしてその色彩が一年と持たないからだが、色調が強い印象を残すなかなかの作品だと思う。
 他にも色々と描いたものが散在しているのだが、中でもこのビール瓶の連作が抜きん出ている。筆の勢いとマチュエールがこの作品でガラリと変わってしまっていたからだ。
「それがいいね、その調子。こういったモチーフで君はどんどん押していったらいいと思うな」
「ふん、君もそう思うか。今通っている教室の先生も同じ様な事を言っていたな。君はこれでいけってね。こんなものをね…」
 彼はつまらなさそうに自分のその絵を眺めると焼酎の入ったコップを透かして絵を見る。もしかしたら彼は自分の作品の粗削りで無骨な手際に不満を感じているのかも知れない。自分に無いものを人は欲しがるものだ。しかし画家ならそうであってはならない。
 彼の額は始終注がれる酒のせいで油を塗ったように光っていた。油彩画などに入れ込んでいる男としては、彼は珍しく快活すぎるような印象を与えるかもしれない。しかし実のところ、一家を成すほどの画家に見られるあの妙に快活で、如才無く鼻持ちならない様子や、これこそ信じ難いことなのだが、どう見てもサラリーマンといった体で政治的手管を見事に操って地歩を固めるおなじみのタイプ、といった画家の未来象に繋がらないわけでもない。
 銀座の地図上に星座のように点在する小さなギャラリーで個展を開いているような連中は総じて訥弁で、たまに入ってくる客に暗い顔を向けてみたり、持ち込んだウイスキーをおもしろくも無さそうに飲み、あるいは真剣な面持ちでおじぎ草のように挨拶ばかりしている連中の中で、たまに彼のように底の抜けたような陽気さを発散する者もいる。すると「これはもしかして…」と思うのである。そして作品を見る。まず大抵の場合、どうにもいただけない悪性の「クセ」に凝り固まっていたり、(これを探求ととり違えていることがよくある。)いまだ発表する段階に至ってはいない、粗く稚拙さの見えてしまったものを、持ち前の無邪気な行動力によって画廊の壁に腕ずくで張り付けたたぐいの物だったりする。
「いつも思うんだが、あまりに批判力ばかりが旺盛になった目を持つ者にとっては自分の手の筆なんぞ苦痛以外の何物でも無いね。ろくなものが描けやしないんだからな。」
 描いているのかという問いに対しての私の答えだった。絵などを描いている者にとっては描きたくても描けない状態や、描くもののない状態、つまり何を見てもおもしろくない状態や、描いても反吐が出るほど下らないといった状態をお互いにうんざりするほど知り抜いているので、改めてそんな論議を始める無神経さを思いやって押さえていたりする。私は逃げを打って画家の道具に話を転じた。
「…君はニュートンの絵の具など使っているのかい? 豪勢だな」
「ああ、これはね、新宿の画材店で古くなって油が滲み出したような物を一山いくらで売ってたという代物さ。」
「どうだいニュートンは。」
「伸びは良いようだけど…何しろ変質してしまったものだからな、何とも言えないな。」
 古今東西の名画の亡霊に押し潰されそうな我々が膝を交えると、どうしても下らぬ雑念が互いに見え透いてしまう思いに駆られるのだった。しかしこんな眼高手低に陥るにしては彼の手はあまりに無骨すぎて、持ち前の快活さがあらゆる「名画」という幽霊から身を守っているかのようだった。しかし、色彩と造形の神秘を手中にした画家にとっては、実のところ何を描こうとそれは絵画となる。そしていまだそれを捉えるに至っていない者にとっては、何を描くかということは重要な中心軸であって、難問であり続けるのだ。それは何故描くのかという内部につながる。しかし画家というものは本来全く無邪気な者なのだ。
 窓枠で四角に切り取られた中庭の狭苦しい眺めには、今日最後の熱気に包まれた木の葉がオレンジ色に反射していた。それでも今日はめずらしく風が部屋を吹き抜けている。彼の部屋の片隅には蜘蛛の巣がはっていて、風に揺らいでいた。直径四十センチほどの多角形を成す蜘蛛の糸のアンテナの中心に、見事に気味の悪い大きな蜘蛛が風に揺れて、何やら巣を繕っている。
「見ていると面白いやつでね。放ってあるんだよ。」蜘蛛はまだらの細い脚を広げて獲物を待つ。
「私の部屋にも一匹冴えない色の小さいやつが居たけれど、あまりに獲物がかからないものだから巣をたたんで何処かへ行ってしまったね。」
「え? そうかい…」と彼は妙に感心する。
「そう。いつまで待っても何も捕れないなら蜘蛛だって場所を変えようと思って何処かへ行くさ。」
しかし何百年も同じ方法で、そして何千年もうっかり者の昆虫がそこに引っ掛かり続けるだろう。
 
 外に出るとアスファルトの黒々とした小川から熱気がた立ち昇っていた。歩いて行くと絶え間ない発汗のせいで、酔いはとうに何処かに霧散してしまっていた。これでは飲む端からアルコールを発散しているようなものだ。むしろ久しぶりの人との無駄話のせいで頭の芯が発熱しただけのようにも思えた。
 建て込んだ住宅とアパートだらけのこの辺りの道は、それぞれの狭苦しい地所を頑なに主張するために鬱陶しく仕切られたブロック塀とモルタルの壁の隙間でしかなかった。だから道は歪んだ網目のような、見通しの効かない迷路となっているのだ。庇の下の壁と壁、ブロックとモルタルの隙間である細い路地という路地の全てが黒いアスファルトに覆われている。するとやはりこれは道なのだ。生温い獣の体を踏むかのような感触を足に伝えてくる、溶けかかったアスファルトもようやく固まりかける頃だ。そうして歩いているうちに、妙に鮮やかな青インクに染まった月夜空の下を歩いていることに気付くのだった。
 
 私は夢の中から結局、モノレールに乗ってその様子を俯瞰するだけで帰って来てしまった。思い出してもそこはさしたる恐怖も嫌悪は感じられなかった。ただ、ただ、あまりの馬鹿々しさにうんざりしただけだった。ここのまるで蒸気のように熱されて淀んだ空気。大地震によって出来上がったかと思わせる、まるで虫歯のように汚らしい街並。そしてあざとく妙に鮮やかな紺色の夜空の下。月に照らし出されたごちゃごちゃの迷路。
 アパートや家の塀を通り過ぎるたびに垣間見える、縁側の硝子窓はどこもいっぱいに開けられていた。アパートのドアは開け放たれ、家々の戸やドアや小さな窓という窓がことごとく開けられていた。そしてそこに人々の生活の一瞬が、皓々と照らされた白や黄色の光の下に四角に切り取られて輝いていた。そしてその誰もがテレビのブラウン菅の色彩にその顔を染めていた。私が歩き進むたびに見えるブロック塀の向こう、生け垣の向こう側、木の茂みや物置やらに見え隠れする、無防備な大きな窓から見えるその誰もが!
 私は立ち止まる。
 ―あの夢の中で私は二人になった。一人は地獄行きの列車に乗り、もう一方は出発点のレール上で待っていた。そしてこれらを夢見ていた私が居る。―
 モノレールというのは私が生活している街、都市を俯瞰でき、しかも地上から遊離しない位置を得るための道具だろう。これらによるとあの地獄は通常の都市や街並と地続きであって、地下にある訳ではなかった。しかも自らの意志で避けることもできる場所だった。隔離されてはいるがいつでも行くことのできる場所ということになる。そしてあの乗り物は確かに切符は要らなかった。
 私はすでに歩き出してこの様な埒もないことを考えていた。そしていま歩いているこの不快な場所を思い合わせると、自身がいまだ分離したままの実体の無い影として歩き回っているように感じるのだった。まるで今、目を覚ませばたちどころに「現実の私」に戻って行けるかのように。
 申しわけ程度に造られた低いブロック塀から、わずかも離れていないアパートの大きな窓の前を通る。一人の青年が寝そべっているのが見えた。電灯を消した部屋がテレビの色彩に染まっている。その開け放たれた一階の部屋の網戸を通して見えた彼は、テレビの画面に顔をくっつけ、鮮やかな赤や青の光にいそがしく照らし出されていた。そしてそこに写し出された様々な馬鹿騒ぎを見て、声をあげて笑っていた。その青年の孤独な笑いは通りすがりの私にも少しうつった。
 私は夜の空を仰ぎ見た。それは巨大なテレビのブラウン菅に写った藍色というわけではなかった。
 ― ドアがあれば私はここから出ていきたいのだが。―
 私はただそうつぶやいてみた。
 
 
 
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2007年11月25日

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hituji ドアを開けて客である友人の顔を見たとき、私はいつまでこんな妙な連中とばかり付き合わなければならないのだろうと思うのだった。しかたなくも招き入れて私は紅茶を作り、机をはさんで友人の顔をまじまじと見つめた。彼はにこにこと笑ってはいるがそれは医者から処方された向精神薬によって辛うじて体面を保っているにすぎない。
 彼の家には一度訪ねたことがある。それは大きな公園のそばの小奇麗な二階建の家だった。中に入って階段の踊り場の壁を見ると、そこには大きな穴が二つ空いていた。彼が拳で突き抜いたものだった。母親にはたまに味噌汁をぶっかけるらしい。彼はその母とは姓が違う。私が彼の部屋を覗くことが出来たのも偶然だった。その小都市にある画材店を物色した帰りに、ふと思い付いて電話で彼を呼び出した。彼は嬉々として公園で待つ私を迎えに来てくれたのだった。
 ふだん彼は決して人を招き入れたりしない。どうということもない訪問客にも彼は身構えを解かず、チャイムが鳴ると柄の長い箒を武器らしく構えて玄関までそっと降りて行き、客が諦めて立ち去るまで緊張に震えながら様子を伺うか、良くてもドアチェーンを掛けたままドアを細めに開けるとバタンと閉めてしまう。電話はたまに二階の階段上から投げ落とされるので方々に皹が入り、その内ビックリ箱のように壊れてしまうだろう。国勢調査やダイレクトメールのアンケート用紙には、"私は全世界の壊滅に及ぶ闘争の一尖兵となりたい! "などと大書する。
 そんな事を言い出すところを見ると果たして彼はヒットラーの大ファンで、その日は私に「勇姿」を写した大判の写真を見せてくれるのだった。その写真には彼がドイツ将校の軍服に見を固め、ハーケンクロイツの腕章をはめ、ワルサーP38を右手に持ち、石段に片足を乗せて、中空を睨んだ横顔を見せているのだった。彼のスーツケースには他にゲリラ戦用の迷彩服と冬期用軍服、「武器」は写真にあったワルサーの他にブローニングと黒の革ベルトにサックの付いた刃渡り二十センチもあるサバイバルナイフがある。そして軍帽は型崩れしないように大切にしまわれていた。
「彼もね、哀れな犠牲者なんだよ。」と彼と同様の薬の世話になっている病気仲間の友人が間延びした調子で言うのだった。その男は四十代なかばの働き盛りに、出張先の南アメリカの小都市で操病の傾向が目に余るようになって解雇されてしまったという男だった。
「やつは水道局員だったころ、労働運動に入れ込んだらしくてね、職場での陰湿な嫌がらせに遂に耐えきれなかった訳だ。ゴキブリを食わされたってね。」彼の言うことも信用出来ない。ゴキブリについてはもはや幻視などがあるナチスファンの彼の言であれば、やはり真偽のほどは判らない。私が彼の家を訪問し、自慢のコレクションの軍服を面白がってちょっと袖を通しただけで、帰った後「全部クリーニングに出したそうだよ。」と例の操病の知人はにやにや笑いながら私に報告するのだった。
 そんな彼も私の前では安心したように無駄話をして帰ってゆく。もしかすれば私は彼の前でセラピストの真似事をやらされているのかも知れない、などと訝るのだった。
「僕がたまにかかりつけの医者に電話をするとね、必ず ―どうしましたか?― と言うんだよね。そんな風に言われると別にどうもしないんだけど、電話で聞くと本当に変な感じがするんだ。自分の名前を言うでしょう、すると ―どうしましたか?― だからね。あと何を言ったらいいのか分からなくなるんだよ。」
 彼の喋り方はまるでロレツが回らない。
「薬のせいでこうなっちゃうんだよ。これでも大分ましなんだ。自分でも何言ってんのか分からなくなってしまうほどひどくなる時があるよ。…僕は脳波に異常があるからね、こんな物飲んだところでどうしようもないんだけど、幻視が出るのが怖いから。このあいだは太宰治が天井から出て来て、それがおかしいんだけど、よく見ると石坂浩二の顔をしているんだよ。あとは物凄い顔をした化け物とかが出て来て…」これぐらいのばかばかしさで席を立ってしまうようでは精神科医はつとまらない。
「それは実際に手に取るように見えるのかい?」
「そう、壁から出て来るんだ。幻視と幻覚は違うんだよね。幻覚というのは靄みたいなもので、こちらがまともな状態ではないという認識があるんだ。だから半透明な…、映像みたいなものなのだけど、幻視というのは実際に見えるし、本当に恐ろしい…。でもどうして石坂浩二の太宰が出てくるんだろう。これが可笑しくてね。」
 私は彼の体験をうらやましく思うことがある。今までの所、私は幻視も幻覚も幽霊も見たことがないから無責任にもそう言ってみる。
「私も一度そんな物を見てみたいね。でも君、それは精神薬のせいじゃないんだろうね。」
「さあ…。ああそうだ。前に言っていた、飲んでも効かない薬というのを持って来たよ。医者は坑鬱剤だと言うんだけど全然効かない。僕には効いたような気がしないんだ。前に会ったとき恐ろしく落ち込むことがあると言っていたでしょう。これ、どうかと思ってね。全部あげるよ。」そう言って彼は茶色の封筒に入れた錠剤を私に差し出した。
「それはありがとう。しかし飲んでも何の変化もないというのはこれはダミーじゃないかね。医者はたまにそういう事をして様子を見たりするからね。」
「そうなんだよ。そうかも知れない。それは一日に二錠までと言う事だけど、全然効かないんだ。」
 部屋のドアを開けて彼の顔を見たとき、思わずこんな異様な人物といつもどうして付き合うはめになるのかと独り呟いたが、実は彼らネガティブな生活をしている輩を私は気に入っているのかも知れない。幻視や幻覚を語り、精神病理や神秘主義思想についての話題を適当にいなしてくれるような人物は巷では彼らぐらいしか見当たらない。でなければかなり鮮度は落ちるが新興宗教の勧誘員ぐらいしかいはしないだろう。少なくとも彼ら妙な連中は自分達が少数派なのだという、ある種可憐な羞恥を持ち合わせているものだ。そのためにまた、はなもちならない選民思想を垣間見せもするのだが、それも巷の人間であればたかが知れている。
 彼は二杯目の紅茶を飲みほし、最近僕は「呑水症」になったらしくて、などと言う。
「鏡に写った自分の顔を見ると本当に嫌になるよ。白っぽくてふやけたような、いかにも分裂症患者のような能面の無表情だからね…」と言う。かまうもんか。自分の顔の異様さに気付くなどと言うのは立派なことだ。自分の顔など見もしないどころか、万一見たとしても何も気付きはせず、第一自分の顔などというものがあるかどうかさえ自分で判断がつかない連中とくらべれば。
「さて、何処かに出かけるかい? 何だか息苦しくなってきたよ、ここは。」私はそう言うと立ち上がり、魔法の扉を開いて外に出る。薬品の世話になっているようなこの友人が、よくこんな複雑な迷路を辿って私のアパートまで来れたものだと思うのだった。
 真昼の狂気。それにしても、剛健な体力と意志力を持ち合わせ、興味も萎えた仕事を卒なくこなしながら、本来自分のやるべきと定めた仕事への経済的安定を企てるという信じがたい二重生活者が世の中にいるものだとしても、やはりスポンサーのないアーチストは充分には狂えないはずだ。
 コピーを憎むほどの才能に恵まれていたとしても、かつての豪奢な宮殿の寄生生活からありがたくも開放されて自由となった芸術家達にとっては、労働によって得た金など芸術にはまるで何の役にも立たないということを思い知ったろう。こんな種族の血は次々と貧困の内に跡絶えてゆき、やがては絶滅してしまう運命にある天然記念物的存在なのに違いない。…いやいやそんなはずはない。私は二流以下の連中しか知らないからだ。それに、十万人、百万人の芸術家達の内の一人、その中でも何十年に一人出るかどうかというほどの人物を夢想している。生きている内にそんな人物と出会うということ自体が望み薄なのだ…。
 彼らの作品。芸術作品! それさえ多かれ少なかれやがては古びてゆく運命にある。ただ人の生死のサイクルよりいくらか息が長いというだけのことだ。永遠などという名の女神に接吻を受ける「作品」は一冊の書物で全て紹介し得るほどの数しかないに違いない。つまりはこういう事だ。正確な経済機構はその交易の制度において、互いに同一単位の生産物でなければ許さない。人々が欲する価値しか持たぬもの、ある人には礎となり、他の人には光り輝く宝石となるようなものを全て除外する…。
 私達はぶらぶらと歩くうち、結局近くの喫茶店へとまたもや入ってしまった。いったい何処に行くことがあるだろう。私は例のクラシック音楽の店に行こうと考えた。しかし古典音楽が静かに流れている内は問題はないのだが、極度に感情移入を強要するような音楽がかかると困ったことになる。彼はそれらに耐えられないのだ。そんな自分に笑いながらも彼は病的に眉をひそめ、つらそうな表情をし始めるのだった。
 よけいなストレスを他人に強要する理由もない。ストラビンスキーやバルトークなどがかかったら彼は発作を起こしてしまうだろう。何しろ彼の上等なスーツの中には例のサバイバルナイフが下がっているのかもしれないのだから。ちなみに彼の音楽の趣味は「中島みゆき」であった。
 今入った喫茶店は今度はテクノストレスを起こしそうな所だった。コンセプチュアルアートやニューヨーク風パフォーマンス、ニューぺインターなどの主だった新鋭作家達の個展会場から発行されたインフォメーションポストカードがジュラルミンのディスプレイテーブルに神経質に並べられていた。ここの若い店主がおそらく厳選したであろう個展紹介は、美術手帳の巻末を調べるより手っ取り早い。信頼できる趣味だ。だからここのグレイの壁(この店はつまりモノクロームのインテリアだが)にはたまにチャキチャキの現代東京アーチストの作品が展開したりする。そんな中でメタリックなテーブルをはさんで顔を突き合わせてどうでもよいアメリカンコーヒーを飲む。今は他にどうしようがある?
「やあ、これを見ろよ」
 そこのマガジンラックにあった自己申告で画家になった高名なグラフィックデザイナーの画集と、デビット・ホックニーを始めとするニューヨークのぺインター達の画集の二冊を並べてひろげ、彼に見せてみる。
「どう? そっくりだろう? どうせこんなところなのさ。」と私は言う。彼もニューヨークへ行ったりしてこんな落書き小僧どもの絵を見さえしなければ画家宣言などしなかったかもしれない。もっともホックニーについては紛うことなき画家であるが。しかし我らの「画家になったデザイナー」の作品にも書物の装幀というメディアによって、すばらしいものに出会ったりするから解からなくなってくる。このポップアートと現代美術のせめぎあった合流については批評の足元を掬う不思議なものだ。
 ジュラルミンのテーブルにその歪んだ虚像を映しながら友人はあまり興味を示さない。ガラスとジュラルミンとプラスチックのインテリアに居ごこちが悪そうだ。「そっくりだろう。」と言った時、店主が何か言いたげにこちらを睨んだだけだった。むろん彼にはそれ相応の一家言はあるにちがいない。
 いいさ。君とは精神錯乱の幻視や向精神薬の効果や、ガスボンベの吸入などという乱暴な話だけで十分だ。彼はテーブルの画集を見るでもなく目をおとしながら「実はね、今度ついに入院する事になったんだよ」と言う。
「…今度入院するとたぶん出られないような気がするんだ。」
 私は言葉を無くして彼の目を覗き込む。彼は人の目を決してまともに見ようとはしない。
「…そんなにひどいのかい」
「それほどでもないんだけどね。電話をついに壊してしまった。しばらくは会えなくなるね。」
 実は私は安堵した。彼はつまり私の影なのだ、と思ってみるのだった。社会への、個人への有無を言わさぬ憎悪。それが彼の内部の全てに浸透し尽くす。決して赦すことのない悪鬼のような感情が彼の精神を絶え間なく蚕食し、やがてはその生命の触手である若々しい青葉も、命の糧を吸い上げる繊細な根の細毛もことごとく蝕まれてしまうのだろう。影が私に別れを告げていた。
 私はまじめな表情を崩すことも忘れて暗澹とした思いに入る。オーディオ装置からはドイツのミュージシャンの機械的なリズムが果てしなく単調で平坦な時を刻んで行く。
 病院に逃げ込みたいのは私の方だ! とは言っても、本物の暗鬱な狂気の前では私などは単に世間一般の顔がない人々の一人だった。それらは彼らの無言の嘲笑にかき消されてしまうだろう。
 彼は目を細めて笑いながら、スーツの内ポケットからメモを取り出し、入る病院の電話番号を書くと破って私に差し出した。それには市外局番の長く続いた数字がきれいに並んでいた。
 
 
 
posted by JP.フィールド at 12:21| ウィーン | Comment(0) | TrackBack(0) | 文学・小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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