2007年11月25日

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hituji ドアを開けて客である友人の顔を見たとき、私はいつまでこんな妙な連中とばかり付き合わなければならないのだろうと思うのだった。しかたなくも招き入れて私は紅茶を作り、机をはさんで友人の顔をまじまじと見つめた。彼はにこにこと笑ってはいるがそれは医者から処方された向精神薬によって辛うじて体面を保っているにすぎない。
 彼の家には一度訪ねたことがある。それは大きな公園のそばの小奇麗な二階建の家だった。中に入って階段の踊り場の壁を見ると、そこには大きな穴が二つ空いていた。彼が拳で突き抜いたものだった。母親にはたまに味噌汁をぶっかけるらしい。彼はその母とは姓が違う。私が彼の部屋を覗くことが出来たのも偶然だった。その小都市にある画材店を物色した帰りに、ふと思い付いて電話で彼を呼び出した。彼は嬉々として公園で待つ私を迎えに来てくれたのだった。
 ふだん彼は決して人を招き入れたりしない。どうということもない訪問客にも彼は身構えを解かず、チャイムが鳴ると柄の長い箒を武器らしく構えて玄関までそっと降りて行き、客が諦めて立ち去るまで緊張に震えながら様子を伺うか、良くてもドアチェーンを掛けたままドアを細めに開けるとバタンと閉めてしまう。電話はたまに二階の階段上から投げ落とされるので方々に皹が入り、その内ビックリ箱のように壊れてしまうだろう。国勢調査やダイレクトメールのアンケート用紙には、"私は全世界の壊滅に及ぶ闘争の一尖兵となりたい! "などと大書する。
 そんな事を言い出すところを見ると果たして彼はヒットラーの大ファンで、その日は私に「勇姿」を写した大判の写真を見せてくれるのだった。その写真には彼がドイツ将校の軍服に見を固め、ハーケンクロイツの腕章をはめ、ワルサーP38を右手に持ち、石段に片足を乗せて、中空を睨んだ横顔を見せているのだった。彼のスーツケースには他にゲリラ戦用の迷彩服と冬期用軍服、「武器」は写真にあったワルサーの他にブローニングと黒の革ベルトにサックの付いた刃渡り二十センチもあるサバイバルナイフがある。そして軍帽は型崩れしないように大切にしまわれていた。
「彼もね、哀れな犠牲者なんだよ。」と彼と同様の薬の世話になっている病気仲間の友人が間延びした調子で言うのだった。その男は四十代なかばの働き盛りに、出張先の南アメリカの小都市で操病の傾向が目に余るようになって解雇されてしまったという男だった。
「やつは水道局員だったころ、労働運動に入れ込んだらしくてね、職場での陰湿な嫌がらせに遂に耐えきれなかった訳だ。ゴキブリを食わされたってね。」彼の言うことも信用出来ない。ゴキブリについてはもはや幻視などがあるナチスファンの彼の言であれば、やはり真偽のほどは判らない。私が彼の家を訪問し、自慢のコレクションの軍服を面白がってちょっと袖を通しただけで、帰った後「全部クリーニングに出したそうだよ。」と例の操病の知人はにやにや笑いながら私に報告するのだった。
 そんな彼も私の前では安心したように無駄話をして帰ってゆく。もしかすれば私は彼の前でセラピストの真似事をやらされているのかも知れない、などと訝るのだった。
「僕がたまにかかりつけの医者に電話をするとね、必ず ―どうしましたか?― と言うんだよね。そんな風に言われると別にどうもしないんだけど、電話で聞くと本当に変な感じがするんだ。自分の名前を言うでしょう、すると ―どうしましたか?― だからね。あと何を言ったらいいのか分からなくなるんだよ。」
 彼の喋り方はまるでロレツが回らない。
「薬のせいでこうなっちゃうんだよ。これでも大分ましなんだ。自分でも何言ってんのか分からなくなってしまうほどひどくなる時があるよ。…僕は脳波に異常があるからね、こんな物飲んだところでどうしようもないんだけど、幻視が出るのが怖いから。このあいだは太宰治が天井から出て来て、それがおかしいんだけど、よく見ると石坂浩二の顔をしているんだよ。あとは物凄い顔をした化け物とかが出て来て…」これぐらいのばかばかしさで席を立ってしまうようでは精神科医はつとまらない。
「それは実際に手に取るように見えるのかい?」
「そう、壁から出て来るんだ。幻視と幻覚は違うんだよね。幻覚というのは靄みたいなもので、こちらがまともな状態ではないという認識があるんだ。だから半透明な…、映像みたいなものなのだけど、幻視というのは実際に見えるし、本当に恐ろしい…。でもどうして石坂浩二の太宰が出てくるんだろう。これが可笑しくてね。」
 私は彼の体験をうらやましく思うことがある。今までの所、私は幻視も幻覚も幽霊も見たことがないから無責任にもそう言ってみる。
「私も一度そんな物を見てみたいね。でも君、それは精神薬のせいじゃないんだろうね。」
「さあ…。ああそうだ。前に言っていた、飲んでも効かない薬というのを持って来たよ。医者は坑鬱剤だと言うんだけど全然効かない。僕には効いたような気がしないんだ。前に会ったとき恐ろしく落ち込むことがあると言っていたでしょう。これ、どうかと思ってね。全部あげるよ。」そう言って彼は茶色の封筒に入れた錠剤を私に差し出した。
「それはありがとう。しかし飲んでも何の変化もないというのはこれはダミーじゃないかね。医者はたまにそういう事をして様子を見たりするからね。」
「そうなんだよ。そうかも知れない。それは一日に二錠までと言う事だけど、全然効かないんだ。」
 部屋のドアを開けて彼の顔を見たとき、思わずこんな異様な人物といつもどうして付き合うはめになるのかと独り呟いたが、実は彼らネガティブな生活をしている輩を私は気に入っているのかも知れない。幻視や幻覚を語り、精神病理や神秘主義思想についての話題を適当にいなしてくれるような人物は巷では彼らぐらいしか見当たらない。でなければかなり鮮度は落ちるが新興宗教の勧誘員ぐらいしかいはしないだろう。少なくとも彼ら妙な連中は自分達が少数派なのだという、ある種可憐な羞恥を持ち合わせているものだ。そのためにまた、はなもちならない選民思想を垣間見せもするのだが、それも巷の人間であればたかが知れている。
 彼は二杯目の紅茶を飲みほし、最近僕は「呑水症」になったらしくて、などと言う。
「鏡に写った自分の顔を見ると本当に嫌になるよ。白っぽくてふやけたような、いかにも分裂症患者のような能面の無表情だからね…」と言う。かまうもんか。自分の顔の異様さに気付くなどと言うのは立派なことだ。自分の顔など見もしないどころか、万一見たとしても何も気付きはせず、第一自分の顔などというものがあるかどうかさえ自分で判断がつかない連中とくらべれば。
「さて、何処かに出かけるかい? 何だか息苦しくなってきたよ、ここは。」私はそう言うと立ち上がり、魔法の扉を開いて外に出る。薬品の世話になっているようなこの友人が、よくこんな複雑な迷路を辿って私のアパートまで来れたものだと思うのだった。
 真昼の狂気。それにしても、剛健な体力と意志力を持ち合わせ、興味も萎えた仕事を卒なくこなしながら、本来自分のやるべきと定めた仕事への経済的安定を企てるという信じがたい二重生活者が世の中にいるものだとしても、やはりスポンサーのないアーチストは充分には狂えないはずだ。
 コピーを憎むほどの才能に恵まれていたとしても、かつての豪奢な宮殿の寄生生活からありがたくも開放されて自由となった芸術家達にとっては、労働によって得た金など芸術にはまるで何の役にも立たないということを思い知ったろう。こんな種族の血は次々と貧困の内に跡絶えてゆき、やがては絶滅してしまう運命にある天然記念物的存在なのに違いない。…いやいやそんなはずはない。私は二流以下の連中しか知らないからだ。それに、十万人、百万人の芸術家達の内の一人、その中でも何十年に一人出るかどうかというほどの人物を夢想している。生きている内にそんな人物と出会うということ自体が望み薄なのだ…。
 彼らの作品。芸術作品! それさえ多かれ少なかれやがては古びてゆく運命にある。ただ人の生死のサイクルよりいくらか息が長いというだけのことだ。永遠などという名の女神に接吻を受ける「作品」は一冊の書物で全て紹介し得るほどの数しかないに違いない。つまりはこういう事だ。正確な経済機構はその交易の制度において、互いに同一単位の生産物でなければ許さない。人々が欲する価値しか持たぬもの、ある人には礎となり、他の人には光り輝く宝石となるようなものを全て除外する…。
 私達はぶらぶらと歩くうち、結局近くの喫茶店へとまたもや入ってしまった。いったい何処に行くことがあるだろう。私は例のクラシック音楽の店に行こうと考えた。しかし古典音楽が静かに流れている内は問題はないのだが、極度に感情移入を強要するような音楽がかかると困ったことになる。彼はそれらに耐えられないのだ。そんな自分に笑いながらも彼は病的に眉をひそめ、つらそうな表情をし始めるのだった。
 よけいなストレスを他人に強要する理由もない。ストラビンスキーやバルトークなどがかかったら彼は発作を起こしてしまうだろう。何しろ彼の上等なスーツの中には例のサバイバルナイフが下がっているのかもしれないのだから。ちなみに彼の音楽の趣味は「中島みゆき」であった。
 今入った喫茶店は今度はテクノストレスを起こしそうな所だった。コンセプチュアルアートやニューヨーク風パフォーマンス、ニューぺインターなどの主だった新鋭作家達の個展会場から発行されたインフォメーションポストカードがジュラルミンのディスプレイテーブルに神経質に並べられていた。ここの若い店主がおそらく厳選したであろう個展紹介は、美術手帳の巻末を調べるより手っ取り早い。信頼できる趣味だ。だからここのグレイの壁(この店はつまりモノクロームのインテリアだが)にはたまにチャキチャキの現代東京アーチストの作品が展開したりする。そんな中でメタリックなテーブルをはさんで顔を突き合わせてどうでもよいアメリカンコーヒーを飲む。今は他にどうしようがある?
「やあ、これを見ろよ」
 そこのマガジンラックにあった自己申告で画家になった高名なグラフィックデザイナーの画集と、デビット・ホックニーを始めとするニューヨークのぺインター達の画集の二冊を並べてひろげ、彼に見せてみる。
「どう? そっくりだろう? どうせこんなところなのさ。」と私は言う。彼もニューヨークへ行ったりしてこんな落書き小僧どもの絵を見さえしなければ画家宣言などしなかったかもしれない。もっともホックニーについては紛うことなき画家であるが。しかし我らの「画家になったデザイナー」の作品にも書物の装幀というメディアによって、すばらしいものに出会ったりするから解からなくなってくる。このポップアートと現代美術のせめぎあった合流については批評の足元を掬う不思議なものだ。
 ジュラルミンのテーブルにその歪んだ虚像を映しながら友人はあまり興味を示さない。ガラスとジュラルミンとプラスチックのインテリアに居ごこちが悪そうだ。「そっくりだろう。」と言った時、店主が何か言いたげにこちらを睨んだだけだった。むろん彼にはそれ相応の一家言はあるにちがいない。
 いいさ。君とは精神錯乱の幻視や向精神薬の効果や、ガスボンベの吸入などという乱暴な話だけで十分だ。彼はテーブルの画集を見るでもなく目をおとしながら「実はね、今度ついに入院する事になったんだよ」と言う。
「…今度入院するとたぶん出られないような気がするんだ。」
 私は言葉を無くして彼の目を覗き込む。彼は人の目を決してまともに見ようとはしない。
「…そんなにひどいのかい」
「それほどでもないんだけどね。電話をついに壊してしまった。しばらくは会えなくなるね。」
 実は私は安堵した。彼はつまり私の影なのだ、と思ってみるのだった。社会への、個人への有無を言わさぬ憎悪。それが彼の内部の全てに浸透し尽くす。決して赦すことのない悪鬼のような感情が彼の精神を絶え間なく蚕食し、やがてはその生命の触手である若々しい青葉も、命の糧を吸い上げる繊細な根の細毛もことごとく蝕まれてしまうのだろう。影が私に別れを告げていた。
 私はまじめな表情を崩すことも忘れて暗澹とした思いに入る。オーディオ装置からはドイツのミュージシャンの機械的なリズムが果てしなく単調で平坦な時を刻んで行く。
 病院に逃げ込みたいのは私の方だ! とは言っても、本物の暗鬱な狂気の前では私などは単に世間一般の顔がない人々の一人だった。それらは彼らの無言の嘲笑にかき消されてしまうだろう。
 彼は目を細めて笑いながら、スーツの内ポケットからメモを取り出し、入る病院の電話番号を書くと破って私に差し出した。それには市外局番の長く続いた数字がきれいに並んでいた。
 
 
 
posted by JP.フィールド at 12:21| ウィーン | Comment(0) | TrackBack(0) | 文学・小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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